2010年11月30日火曜日

百子の花日記 89






11月30日。11月最後の日に、10月の庭で出会った虫や花をお目にかけます。10月の上旬は暑さを感ずる程の日が続いたのに、突然寒さがやって来て、虫も花も人間も戸惑っている様です。

2010年11月25日木曜日

百子の花日記 88
名残の蚊の逆襲





11月24日。催事の花採りで、薮庭に入り蚊に刺されました。が、気付かずにそのままにしていたら、突然とんでもない事になりました。両足首が10数カ所赤く腫れ、水ぶくれになってしまったのです。薬が無かったので、ツワブキの葉をかるく焼いて、水泡に張りました。包帯をすると何とも痛々しい見え方で、こんな事初めてです。自然療法のツワブキの効能は、素晴らしい!でも、こんなになるなんて、歳のせいでしょうかねー!

2010年11月24日水曜日

百子の花日記 87(番外編)


11月17日。宅急便が届きました。住所を確認すると、栃木県の那須からで、同地でBrown Mountain Bakeryと云うパン屋をやっているO君からの荷物です。O君はK塾の寮生だった20年程前から「あまねや」に出入りする様になり、大学を卒業して数年サラリーマンをやった後、好きなパン作りの勉強の為、東京の老舗「ルバン」に就職。奥さんもそこで見つけて、アメリカに一年半勉強に出掛けて帰国。今年の2月から、那須で“Local&Organic"をうたい文句にしたパン屋を始めた人です。パンの好きなYoshiに開けさせようと、外出しているYoshiを待ちました。マァー、Yoshiの喜ぶ事!蜂蜜入りのラスクも入っていたのですが、ブログを書く前に私のお腹に収まりました。軽くて、とても美味しかった。パンの御味はハード系です。

百子の花日記 86(東京篇4)


11月11日。上京する飛行機の窓から、雲海の遠く向こうに富士山を見つけました。上京する度に見たい富士山ですが、この日は運良く見る事が出来ました。とても嬉しい!ジェット気流の変化で、大きな揺れが2回ありました。幸い何事も無く過ぎました。窓から見える雲海を眺めていると、赤く染まる雲を五つも見つけました。バラの花の様でした。以前、一年に3回も彩雲を見た事があります。その年は幸運な年でした。今年も何か良い事があります様に!

2010年11月22日月曜日

続 百子の花が入りました




入りきれなかった百子の花の、ご紹介です。

2010年11月21日日曜日

(二日目にしてようやく)百子の花が入りました。






11月21日。催事二日目にして、ようやく百子の花が入りました。毎度感ずる事ですが、花が入った途端に会場の空気が一変し、急に生き生きと息づき始めるのが不思議です。

2010年11月20日土曜日

百子の花日記 85(東京篇3)



11月13日。長男の嫁M子と、前日どこかに出掛ける約束をしたので、町田市鶴川の「旧・白洲正子邸・武相荘」へ行きました。上京する度に出掛けて2度振られたのですが、今回は首尾よく見る事が出来ました。昔、武相荘の周辺は、田んぼや畑地であったと聞いています。今は家が建て込み、入口には衣類の安売りで有名なUまであって、せっかくのイメージが台無しです。

邸内に入ると雰囲気が一変して、落ち着いた気持ちになります。花に興味のある私は、武相荘の生け花を楽しみにして来ました。
ところが、数カ所は良く出来た造花が入っていてガッカリです。でも、白洲正子の蔵書には、その生き方が見える気がして、深い感銘を覚えました。邸内の散策は紅葉も見えて、とても気持ちの良いものでした。その足で、小田急線、箱根登山鉄道、ケーブルカーと乗り継いで早雲山まで行き、夜景を見た後強羅に戻り温泉に入って帰宅しました。帰り着くと、午後9時30分でした。
強行軍でしたが、楽しい一日でした。

百子の花日記 84(東京篇2)




11月12日。東京都自然観察園に行きました。長男Aの住まいから、歩いて5分。都会の真ん中に、武蔵野の面影を残している所です。池も林も野原もあって、自然であると云う事を条件にして守られている所です。上京すると訪ねたい場所の一つです。

上から、自然園の風景。
2番目の写真は、丸の内の光の樹(法事で千葉まで行った帰り)。
3番目は、自然園の白山菊。

太宰府の紅葉






先日、丹波のHさんを案内して、太宰府の紅葉の名所を訪ねました。最初の写真は、太宰府政庁跡。残り4枚は、観世音寺の紅葉です。

十八番の会・福岡展(ようやく)始まる




11月20日。あいも変わらずドタバタの果てに、「十八番(おはこ)の会・福岡展」が始まりました。今度の会、初めての事とあって作り手の西川さんも見当がつかず、結局「個展」と同じくらいの種類を用意する羽目に。新しい切り口を作り出すのは、並大抵ではありません。

2010年11月19日金曜日

鹿児島・ぼちぼちの事








本日、「十八番(おはこ)の会」の初日を迎える、鹿児島会場「ぼちぼち」のご紹介をいたしましょう。鹿児島市西別府町2794ー80番地(tel 099-802-2229)にある「ぼちぼち」は、店の前から遠く桜島を望む事が出来、また目の前は公園と云う絶好の立地です。写真で見ておわかりの様に立派な建物です。
店をやっているYさんとHさんは、2年前「鹿児島・可否館」で催した「小鹿田・坂本工窯新作展 無地シリーズ」の時に、スタッフとして我々をお世話下さった方で、その細やかな心遣いが印象に残る人達でした。その御縁で、今回の催事をお引き受け頂いた訳です。さて、西川さんのガラスを並べたのは、明るいサンルームの様に陽がよく入る、趣のある一角です。陽に映えて、ガラスがとてもきれいに見えます。皆様どうぞお出掛け下さい。

2010年11月18日木曜日

十八番(おはこ)の会。はじまり、はじまり!






11月17日。「鹿児島・ぼちぼち」での「第1回 十八番の会」準備のため、朝9時過ぎ、初めて車で鹿児島に向かいました。自宅からだと、300Km弱。およそ3時間の道程です。「ぼちぼち」のYさんから、お送り頂いていた地図のおかげもあり、なんとか迷わずに昼少し前に到着。早目のお昼を頂いてから、いよいよ「もの並べ」を始めました。使える展示台が限られている為もあり、足りないもの等を買い足したりして、午後7時頃に無事「もの並べ」が終了しました。
最後に、「十八番(おはこ)の会」(鹿児島・ぼちぼちでは19日から30日迄。福岡・あまねや工藝店では20日から28日迄)の、DM案内文の御紹介をいたしましょう。

十八番(おはこ)の会をやる事になりました。といっても、箱を集めた展覧会ではありません。「物つくり」の立場で仕事をしている人達が、永年続けて来た仕事の中で、その人らしさがよく反映されていると思える仕事、また他人(ひと)から見て、あれこそ誰某(だれそれ)の代表的な仕事(定番・スタンダード)だと思ってもらえる仕事、そんな仕事を毎回一人の作り手の仕事の中からを選び集めて、皆さんに見て頂きたいと思っています。こんな趣旨の催事ですから、「アレもコレも皆あります」と云う訳にはいきませんが、仕事自体よくこなれ、毎日安心して皆さんに使って頂けるもの、毎日の暮らしのお役に立てるものばかりです。1回目の作り手は、広島県・三原市でガラスを吹いている西川孝次さんです。どうぞご覧下さい。

2010年11月13日土曜日

百子の花日記 83(東京篇)


セロリを生けました。
スーパーでセロリを買いました。
花入れに生けてみたいと思いました。

塩釉輪花花入 セロリ

瑠璃塩釉輪花片口 レモン

2010年11月12日金曜日

阿蘇・草千里から地獄温泉へ






11月8日。9月に八女で行われた「山本教行展」に、はるばる南阿蘇から来てくれた李恵さんを訪ねて、久し振りの阿蘇に出掛けました。前回来たのは、2005年に現在の娘婿モーガンが、初めて日本に来た時に家族で出掛け、小さなシトロエンZX(助手席の窓が開かず、エアコンも故障中の)に5人で乗って、モーガンの気分が悪くなった思い出の旅。その前は10年前に、アイルランドの版画家J・グラハムをシトロエンBXに乗せて草千里まで行き、鈴木召平作の“朝鮮凧”を揚げて係員に怒られた、これもまた思い出深い旅です。
今回の主な目的は、李恵さん作るところの「自家製ビール」を御馳走になる事です。9月に聞いた話では、暑さの厳しい夏はビールの醗酵が、もうひとつ上手くいかず、涼しくなってからの方が美味しいビールが飲めるとの事で、楽しみに出掛けました。
同行者は細君の他、店のお客で、いずれは阿蘇で家族と一緒に暮らしたい希望を持っているNさんです。実は、私共は李恵さんの両親Tさん一家とは30年近く前からの知り合いで、母親の和子さんはR・シュタイナーの理論に基づく農業を始めて、20年。3反の畑に、様々な作物を育てています。話だけは前々から聞いていたので、それを見せて貰うのも楽しみにして来ました。
さて、李恵さんと約束した時間午後3時にはまだかなり間があるので、まずは草千里に向かいました。その後、教えてもらっていた「地獄温泉」へ。手前の「垂玉温泉」に到着して前方を見ると、なんと素晴らしい紅葉です。地獄温泉で、お昼を軽くしたためた後、いよいよ李恵さんの御宅に向かいました。自宅手前に、母親の和子さんが作る畑が有るからとの事だったので、まずは畑を見せて貰いました。見慣れている一般的な畑の様子とは、かなり違う見え方の畑です。無農薬、無肥料の畑の土は、乾燥や害虫に強いのだそうです。李恵さん自身は自宅敷地内に登り窯を持つ、陶芸家の卵です。八女に来た時も、「山本作品」を前に「個人作家」の仕事について、あれこれの話をしました。
今回、初めて実際の作品を前に、私自身の率直な感想を述べました。全体として、デザイン性の強いクラフト寄りの仕事に見えます。仕事それ自体の中に、「どう暮らしたい!」と云う生活が見えて来ない、若い人に共通の弱点がそこにある様に思いました。これは、一人李恵さんだけの問題ではありません。
いよいよ、夕食になり「自家製ビール」の登場です。薪ストーブに火が入り、炉が切ってある居間に、和子さんの育てた野菜の煮物、とろろを掛けたマグロの刺身のほか色々、そしてトーフ鍋に炊きたての玄米ご飯です。ビールは飲み慣れたものと違い、一本一本微妙に味が違うのが面白いところです。結局大瓶で6本ほども開けてしまいました。李恵さん、和子さん、ごちそうさまでした。

2010年11月11日木曜日

オープンハウスでの出来事






11月7日。知人で小さな建築事務所をやっているTさんから、自宅近くの大野城市で催されるオープンハウスの知らせが届きました。
Tさんの住宅作品を見た事がなかった所為もあり、出掛ける事にしました。チラシの裏に地図が付いている事と御近所でもある事で、簡単に探せると思いきや。なんと1時間(!)経っても、現場に辿り着けないのです。ひとつにはチラシに地図の表示はあるものの、正確な住所表示がなかった事。また日曜日でもあり、周辺の数カ所でオープンハウスが行われてい、紛らわしかった事。そして、親切な地元の人が、地図の読めない人達であった事。また、場所を聞くべき近所の酒屋が休みであった事、等々。
でも一番は、かつての尾根筋をこまかく造成した、ミニ開発による地形のわかりにくさに加えて、周辺の路地に、「現場」への一切の案内表示がなかった事でしょう。それに私の方向音痴と細君の思い込みも加わって、アドバルーンの上がっているとんでもない場所に迷い込んだりして、ひどい目に遭いました。ようやく現場に辿り着いた私は、つい受付の若い人や担当所員の田中さんに文句を言ってしまいました。
後日、Tさんから丁寧なお詫びの葉書を頂戴したりして、私自身大人げない対応であったと反省しました。