2011年10月22日土曜日
村松学さんへの手紙
村松学 様
会終了後の事務手続きに手間取って、残った荷物の返送が遅れました。お詫び申します。催事そのものは良いものになりました。ただ、出品者によって売り上げがまちまちなので、申し訳ない気もしますが、「十八番の会」の可能性は有ると私は思っています。
さて少し前の事、浅葱色の小皿の形が定まらなくて苦労しているとの連絡を貴方から貰い、その小皿を送って頂いた事があります。
しかし、それを吹きガラスの仕事として見るかぎり、深めで形が安定しない(と貴方の言う)物の方が、きちんと成形された物よりも、むしろ生き生きとした感じに溢れ、数段良い仕事の様に私の目には見えました。同じ形を安定して吹ける貴方の技術は「すごい」と思いますが、ともすれば、それは工業製品の見え方に限りなく近づいて、揃っているけれど「つまらない」物に近くなってしまいがちです。
本来、数を吹く仕事は安定した形を作ると同時に、その「安定」が「固定したもの」ではなく、中に生き生きとした「何か」を、孕んでいるものでなければなりません。私達が何かを見て「それ」に魅せられるのは、ただ凄い「技術」でもなければ、安定した「形」だけでもなく、そのなんだかわからない「生き生きした何か」なのだと思います。貴方の仕事のすぐ隣に「それ」はいます。つかみ取って、私達を喜ばせて下さい。
あまねや工藝店 川口義典
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