2026年8月25日火曜日

あまねや工藝店のホームページについて


8月10日から約二週間、帰省中だった長男(川口あまね)が仕事の合間を縫って、当店初のホームページを 作ってくれました。この経緯については、数日前インスタグラムに投稿した通りです。その後、インスタの閲覧数も7000件を超えて、これまでの投稿の中で群を抜いています。中でも、この投稿がフォロワー以外の閲覧数の多い事が示す様に、スタジオ フィデルの藤田孝介氏の手(知識・経験に裏付けられた撮影技術)と眼(写真という平面構成に対する美的センス)の裏付けによって、各処に配された写真(画像)の美しさが大きく寄与しているのは間違いないところでしょう。これに加えて、川口あまねが(本に例えれば編集作業として)これらの材料(写真・画像)をどう構成し、どの様な章立て・説明文(これは私の担当)を付けてまとめるかを、上手くホームページと云う形に翻案してくれた事によるのだと思います。この先、’08年から始めた「あまねや通信」と’21年11月から始めたInstagramの投稿との其々の役割の違いを意識し考えながら、それをひとつの”言葉”として発酵させる努力をして行きたいと考えています。なお、ホームページはインスタグラムのプロフィール欄にリンクを貼っています。    プロフィール欄の”くらしにあかりをともすしごと”の下にある英字の”amaneyakogeiten.jp"をクリック、開いたリンク欄のあまねや工藝店webサイトを再度クリックして下さい。ご覧いただけます。

2026年8月21日金曜日

8月7日の出来事

1945年6月19日夜、アメリカ空軍のB29 231機が真夜中の福岡市街地に1500トンの焼夷弾を二時間にわたって降らせた”福岡大空襲’(「火の雨がふる」パンフレットより抜粋)。この悲惨な出来事を1988年にアニメーション映画として映像化したのが「火の雨がふる」です。この映画の制作にあたって、主人公の父親 野沢光斉を福岡出身の劇団「民芸」の俳優 米倉斉加年が務め、主役の野沢友次や友人役の藤井信夫を始め、映画に登場する子ども達の声を広く一般から募集する事になって、当時、私たちが所属していた「福岡県南部生協」でも、注文書に加えてその旨を記したビラが配られました。

そのビラを目にした、当時11歳 警固小学校五年生の息子(川口あまね)がやってみたいと言いだし、参加の為まだ元気だった母が付き添い、一日オーディションに出掛けました。当日が何曜日で、オーディションも朝からだったか昼からだったか記憶が定かではありません。半ズボンにゴム草履の軽装で母に連れられ参加した息子が、何と主役の友次役を射止めたのです。信夫役は、その当時、筑紫女学園高校の二年生で演劇部(だったと思う)の峰尾かおりさん。付き添いで半日過ごし、帰って来た母は笑顔でしたから余程嬉しかったのでしょう。

フィルム完成後10年ほど、この「火の雨がふる」は市内の各小学校で「平和教育」の教材として上映されていたと聞いています。しかし、その後はフィルムの劣化に加え、著作権の問題なども絡んで上映されないまま福岡市民図書館フィルムライブラリーに眠っていたフィルムを、この6月から7月に掛けて、福岡市内数カ所でデジタルリマスター版として復活上映する旨の毎日新聞の掲載記事を見つけ、懐かしさも手伝って、8月7日に高宮のアミカスで行われた上映会に友人を誘い30数年ぶりで見に行きました。主役でもありセリフ数は圧倒的に多いにも関わらず、(親バカですが)11歳ながら良くやっている、そんな好印象を持ちました。38年前の思い出です。