2009年10月12日月曜日

出雲からのお客様




七尾展が始まってまもなくの7日の昼前、はるばる出雲からお客様がお出でになりました。9月中旬の山陰旅行の際、出西窯で創業者のお一人Nさんに偶然お目にかかった事はすでにブログに書きました。その折、「其の内、また福岡を訪ねたい。」と仰ってはいたのですが、こんなに早く来て下さるとは思ってもいなかったので、驚きました。総勢4人の内、NさんとKさんの御二人が出西窯の創業者で81歳、Aさんは出西窯の近所にお住まいの70代、10年程前にも皆さんで来て下さった時のメンバーのお一人です。そして、運転手役のTさんが(おそらく)60代。この方は数年前、やはり出西からの訪問者の運転手役で、軽四輪を運転してはるばる出雲からお出でになり、私をびっくりさせた御仁です。車(今度は大きな車でした)で朝4時20分に出雲を出発し、10時30分には私の店へ。今回、Nさんに私の貧しい茶碗のコレクションをお目にかける約束をしておりましたので、朝出掛けてくる時に7個の椀を持参し、早速見て頂きました。持参した椀の内、一つは出西窯の引き刷毛目の原型の様な仕事でもあり、Nさん、Kさんともども感心して見ていらっしゃいました。この御二人、現役は退かれたものの、夫々お宅に焼物が出来る設備を整えて、今も焼物を楽しんでいらっしゃるのです。特にNさんは、今ご自分で茶碗をお作りになっているとかで、熱心にそれぞれの茶碗をカメラに納めていらっしゃいました。その後、お昼を御一緒したあと美術館に御案内し、宿で少し休んで頂いてから夕刻、店の2階で細君の手料理を、いささかのお酒と共に召し上がって頂きました。
愉快で楽しい一夜でした。また是非お出掛け下さい、皆さん。

七尾 佳洋 作陶展 無事終了





10月3日に始まった七尾佳洋 福岡展が、昨11日で無事に終了しました。初日前日の金曜日、七尾さんと若いMさんの手伝いで物並べ開始。100種類に満たない出品でもあり、予定より早目の夜9時30分頃になんとか並べ終える事が出来ました。時節柄、始める前には大変心配した催事でしたが、会期中100人を超えるお客様でまずは一安心。初日の夕刻には、当初計画になかったオープニングパーティーも開催、十数人の参加者で賑わいました。出品作のうち最大の大皿や楕円皿に、料理(大皿にはクレソンを敷いた上にミートローフを、楕円皿には七尾さんの土産であるメークイーンの茹でたものにパセリを絡ませたもの)を盛ったものは、参加者に大好評でした。ふだん目にする事の少ない“練り上げ”作品の数々には皆さん興味津々で、七尾さんに作り方も含めてあれこれ尋ねておいででした。後半スタートの催事としては、良い催事になりました。

2009年9月22日火曜日

山陰へ 3




翌15日の昼近く、出西から国道54号線を広島まで延々と上り(約130Km)、その後広島から福山東まで高速道を使って(約100Km)ガラスの仕事をやる村松さんを工房にお訪ねしました。出掛ける前に村松さんから送って貰っていた地図の出来が良く、迷わずに神辺の工房へ。訪ねてくる人は皆、道がわからず途中で電話をして来るのに私達は1回で辿り着く事が出来、村松さんにびっくりされました。

住宅がまばらになり、小高い林へ続く上りの道から少し下った処、
借り地である畑地の一部に、木造で板やトタンを使って簡単に廻りを囲っただけの工房が建っています。灯油を燃料にしたガラスを溶かす炉が中心に据えられている他は、がらんとした町工場の様な雰囲気です。この工房の炉に火が入っている間、食事で家に帰る以外は朝早くから夕方までガラスを吹き、工房の中2階にあるカーテンで仕切っただけの場所に、寝泊まりしながら仕事をするのだそうです。

個人でガラスの仕事をする人の工房を数カ所見た事がありますが、こんなやり方は初めてです。良し悪しは別として、この仕事の形が村松さんの仕事にも反映されている事を、こうやって工房を御訪ねしてみて初めて確認出来ました。さて、その村松さんが9月の初めに大阪で開催された「国画会・西の会」に出品をし、私も兼ねてから見たいと思っていた九寸程の皿を、工房で見る事が出来て幸いでした。1時間程を工房で過ごしたのち山陽道を経由して、太宰府の自宅に午後9時過ぎ、無事に辿り着きました。総走行距離数およそ1500Km。行ったり来たりで、まことに効率の悪い、でも実り多い楽しい旅でした。

山陰へ 2





翌14日朝、喫茶 “HANA”で山本さんのお弟子のSO君、なおちゃんと一緒に、珈琲と無花果のコンポートを御馳走になった後、大山の麓で家具の仕事をしているYさんの工房へ。いつもの経路とは違う道を使った為もあり、標高700メートル程の所に在る大山寺まで誤って登ってしまったりしながら、3時頃ようやくYさんの工房に到着。その日が、境港から取り寄せた“さんま”を皆で楽しむ会の2日目と云う事で、米子で織物をしている人達中心の10人程の集まりに私達夫婦も加えて頂き、さんまをはじめお握りや果物を腹一杯詰め込みました。その中の御一人とは、25年前くらいに米子の織物工房をお訪ねした時に、顔合わせをしていた事がわかったりして、1時間があっという間に過ぎました。野菜を育てているYさんに、ゴーヤやトウモロコシ、サツマイモなどどっさり頂いて、“山陰道”(有料)経由で出西窯へ。

福岡からはるばる持参した花の苗を、出西窯の数人の人に御頒けしたり(石村さんや、山本さんの奥さんの房江さん始め、あちこちに花友達を作るのが細君の取り柄の一つです)、Bさんがほぼ30年振りに、型起こしをして取り置いてくれていた(良い出来で、嬉しい仕事でした)
長角皿を見せて貰ったり。久しぶりの登り窯の窯出しに行き合わせて、予定以上の仕入れをする羽目になったり(嬉しい誤算でしたけれど)、と楽しい時間を過ごしました。

帰り際、出西窯・創業者のお一人Nさん(35年前に出西窯を初めて訪問した時、私の御相手をして下さったのがNさんで、今年81歳になられたとの事。御元気でした)と偶然お会い出来、そのNさんから小松菜の様な菜をどっさりと、白イチジクを頂戴し細君は大喜び。
イチジクは彼女の大好物なのです。土産の大荷物と、焼物を車に積み込んで宿の厚生年金会館へ。

2009年9月21日月曜日

七尾 佳洋 八女展 始まる




昨20日から、八女の朝日屋酒店で北海道在の七尾佳洋さんの作陶展が始まりました。19日土曜日の昼過ぎに太宰府を出発。おりから5連休(人によっては4連休)の初日とて、すごい渋滞で国道3号線を使って、八女まで行くのに約2時間半(普通1時間)かかり、3時頃ようやく到着。でも、高橋さんが開梱し前準備をして下さったお陰で、すぐに作業を始める事が出来ました。10時半頃、ようやく物並べ終了。今回も手伝ってくれた長男共々、高橋さんからいつものカフェで、ビールを御馳走になりました。
しかし、こうやって作品を並べてみると、作った人の性格まで見えて来る(ような気がする)から不思議です。
え!七尾さんがどんな性格かと仰るのですか。それは、七尾さんに直接お話しする事にいたしましょう。

山陰へ 1




先週の日曜日から火曜日に掛けて、およそ1年半振りに、山陰を訪ねる短い旅を致しました。今回の主な目的は、まず“リース作り”の石村朋子さんに久世でお目にかかる事。そして来年、作陶生活40年を迎える鳥取の山本教行さんをお訪ねして、来春14回目になる福岡での個展の日程を詰め、お願いをする事。また西に下る途中、登り窯の窯出しを終えたばかりの出西窯を訪ねて品を選び、同窯のAさんが以前店に送ってくれた品と、Bさんが作り置きしていてくれた物を見せて貰い、私の感想を述べる事。主には、この三つの約束を果たす為です。

さて13日の日曜日、予定より2時間遅れの午前6時45分出発。行きに寄る予定だった福山在のガラスの村松さんの工房訪問を帰りに回し、ひたすら久世を目指し車を走らせました。
約束の時間よりかなり早く、12時頃に待ち合わせ場所のカレー屋さんに到着。大きな病気をなさった後、体調維持のため昼寝が欠かせない石村さんとの約束の時間は午後2時30分。お昼を食べても、まだ時間がたっぷりあります。とはいうものの、今日の目的地・兵庫県境に近い岩美町までは、高速道路を使っても2時間半くらいの道程ゆえ、石村さんとは早くお目にかかりたいのが本当の処です。それを察してか、カレー屋のYさんが石村さんに電話をして下さり約束の時間を30分早める事に。(Yさん、そして石村さん有難うございました) 

昨年、石村さんとお知り合いになれたのは、お帰りになる間際の石村さんを、Yさんが私ども夫婦に紹介して下さった事が切っ掛けです。
その時、初対面の細君の顔をご覧になった石村さんの第一声、「貴女とは会った事がある!」 それから、2年続けて我が家の庭の紫陽花を詰め合わせてお送りしたり(細君)、5・6度手紙の遣り取りをして(わたし)、石村さんと親しくなりました。今回、石村さんの電話番号をお尋ねするつもりで電話を掛けたカレー屋さんに、当の石村さんが居合せたり、石村さんとの間には何かと不思議な事が起こります。お話ししてみると、石村さんの廻りにはそんな不思議がたくさん起こるのだそうです。さて、ご主人の運転する車で、カレー屋さんにお越しの石村さんと久しぶりの御挨拶をし、お茶を御馳走になりながら、1時間程楽しくお話しを致しました。お別れにあたって、幾枚かの刷り物に加え、美しい福成柿の葉をたくさんとご主人丹精の野菜を数種類頂きました。(不思議な事に今度はあちこちで野菜や果物を頂戴しました) 

その後、新しく出来た“鳥取道”(無料でした)のお陰もあり予定より早い午後5時過ぎに、岩美町の山本さんの工房に到着。早速、参考館で開催中の“世界のガラス”の展示を見せて頂きました。それから、宿にいったん荷物を置いて、工房から車で20分程の処に在る兵庫県の湯村温泉(早坂 暁 脚本、吉永小百合主演のNHKドラマ“夢千代日記”で有名)に連れて行って貰いました。お風呂でゆったり寛いだ後、山本家に帰り着いて、いよいよ待ちに待った夕食です。今回は、旬の甘えびの刺身と、地元の猪肉を使ったすき焼きです。料理とお酒に、愉快なお喋りををたらふく詰め込んだまま、奥様の房江さんが宿まで車で送って下さり、私共の長い長い一日が終わりました。

2009年8月30日日曜日

百子の花日記 8(番外長編)


8月24日 「腰痛も吹っ飛ぶよ!」と友人のIさんに誘われて、球磨川下りにいって来ました。小学生の女の子2名、昔青年1名、昔乙女6名の総勢9名。皆、初めてのラフティング(ゴムボートに乗って川下り)です。ウェットスーツ、軽ジャンパー、ライフジャケット、ヘルメットに靴の一式貸し出し。それに、食事(バーベキュー)、温泉付きで8000円。午前10時から午後5時まで、たっぷり楽しんで遊びました。
緑の田園風景の中を流れる球磨川上流から出発。まず、パドルの扱いや漕ぎ方、水の中で障害物に当たらないように浮いているラッコスタイルでの泳ぎ方、またゴムボートから投げ出されたり離れそうになった時、あるいは川に入る時は、ボートに張られている命綱を確認し必ず握る事など、色々な注意や説明を受けたあと川の中心に漕ぎ出します。パドルを握り、リーダーのかけ声にあわせて、イッチ、ニー!イッチ、ニー!始めはうまく漕げずに廻ってしまいます。慣れるにつれて、合格点をもらえる様になりました。川の土手には、竹や草など色とりどりです。花はつりがね人参や、薮ランのほか名前を知らない白い花が、滝壺近くで目に入りました。日陰にある為か、つりがね人参はとても小さな株立ちでした。あまり大きくない滝でしたが、鉄砲水の様な滝のシャワーを浴び、2回目の時には体重の軽い3人がボートから落とされる程。安全な処では、川の流れにまかせてラッコスタイルで浮いて、真っ青な雲一つない空を満喫し、淵では3メーターから10メーターまで4段階の高さから飛び込みの出来る場所があり、私は3メーターの高さから飛び込み、見事着水。
三角吊り輪では、ターザンのごとく風を切ってブランコ乗り着水をしたのよ。それはそれは愉快で、童心に帰って楽しみました。それから、他のクルーにボートをぶつけて川に落としたり、落とされたり、又パドルで水を掛け合ったり。川の中では「川の中心を泳いで下さい。」と注意されます。本人はその通りに泳いでいるつもりでも、突然思ってもいない方向に流されたりします。ラッコスタイルで泳いでいたら、突然大きな岩が頭のそばに現れて、「モモさん!キック、キック!」とリーダーの声。そう言われても、体は思う様に動きません。水の力は凄いものです。ボートはすぐそこに見えるのに、水の力に捕らえられ、一生懸命平泳ぎをするのですがなかなか流れに戻れませんし、不安になりました。瀬では、小さな白波、大きな白波。流れにまかせてパドルでリズムよく漕いで、川の静けさや荒々しさを体感しました。大きな白波と急な流れの瀬でスリルを味わいます。静かな流れでは、陽に照らされた一枚の布に細かな線を何本も引いた様に見える水の流れや、波打つ三角の流れなど色々な形があり、きらきらと光る水面は一幅の絵を見ているようでした。そう云えば、Oさんの絵にも似た様なモチーフがあったなーと突然思い出しました。いつきも小学生の頃に見ている筈、“水の流れ”の絵です。まさに、その世界でした。ボートから4回投げ出されましたが、ライフジャケットはすごい力を発揮します。まず、沈まないのです。少々泳ぎにくいのですが、安全です。最後のポイントは、鍾乳洞の下の流れ。崖の下には大きな穴があり、、流れの一部もそれに向かっているのだとか。ボートから落ちると、その流れに捕らえられ鍾乳洞の奥へ奥へと連れて行かれるから、落ちない様しっかり漕いで下さいと注意がありました。無事にそれを越えると、川下りの終点です。そこから、車で出発した処まで戻り、温泉に入ってリラックス。ハナマルの満足でした。
球磨川は、素晴らしい川でした。“球磨川下り”に、はまってしまいそうです。山よりらくちん。筋肉痛にはなりませんし、腰痛が軽くなっている様です。普段使わない筋肉を使ったせいで、水の中でリハビリをしたのかな?Nおばちゃんに迎えに来てもらって、朝7時30分に家を出発。帰宅は、夜の10時30分でした。
久しぶりに楽しい一日。ボンダイで貴女に買ってもらった真っ赤な水着は、もちろん使いました。いつきさま!ありがとう!!
写真は庭の薮ランです。