2012年7月15日日曜日
百子の花日記 173
(番外編) 6月は忙しかった!
お隣の梅の木に登って小梅を5キロ採りました。梅を採りながら、小枝の隙間から行き交う人や車を眺める、木登りって楽しいですよ!!
梅漬け(カリカリ梅に挑戦)
梅2kg 塩230g 酢300ml 砂糖450g にがり50ml 卵の殻2個分
1. 塩とにがりで梅を良く揉み込む。重しをして一晩置く。2. 酢と砂糖三分の一(4、5日おきに都合3回)、卵の殻を1の中に入れる。
今年は頂いたラッキョウも含めて、10キロ近いラッキョウを漬けました。ひげ根と茎の部分をカットするのが手間ですが、ドカッと腰を据えて1〜3時間位、それと格闘します。4、5日もすれば浅漬けを頂けますから、梅漬けとは違う楽しみもあつて、セッセと精を出して作りました。ラッキョウは嫌な梅雨をのりきる私の特効薬です。
2012年7月14日土曜日
2012年7月10日火曜日
2012年初冬のバンガローにて 5
7月8日。ここ数日、娘がつけてくれる Chimney Pot の火を前にして、夕刻の2、3時間をベランダで過ごす事にしています。暮れていく空を眺めながら椅子に座っていると、刻一刻その色が変わり、やがて陽が落ちて暮色が濃くなると鳥が一斉におしゃべりを始める、そんな時間が実に気持ちがいいのです。もちろんChimney Pot の利用法はそればかりでなく、昨日はファーマーズマーケットで買ったサツマイモを焼き芋にして楽しみました。アルミ箔にくるんで10分程、あっという間に焼けました。食べ慣れた日本のさつま芋に比べると、甘みも薄くジャガイモに似た食感ではありますが、美味しく頂きました。
朝、近所のパン屋でクロワッサンを三つ(日本で見るもののおよそ3倍くらいの大きさ) 、馴染みのカフェでコーヒー( Flat White with one sugar , Take away , Please . と言う様にと教えられました)を頼み、朝食です。さて、今日は娘の隣家の末っ子レミの5歳の誕生日パーティーだそうで、レミに贈る品の包み紙に沙夜と実輪が絵を描いています。仮装パーティーなので、二人ともそれぞれ天使の羽根をつけ出て行きました。会場でシャンパンとビールを頂いた後、その隣のドムの建築事務所を1年半ぶりで訪問。最近の仕事( Lismore のホールの改装)の話を聞かせてもらいました。
7月9日。帰る前の一時、バイロンベイのいろんな店に買い物(二週間に一度の食料品の買い出しも兼ねて)に行きました。日本で云えば、100円ショップの様な処(私のリクエストです)から大きなスーパーマーケット、オーガニック食品専門店、肉屋、ペットショップまでと様々です。肉屋もさすがにオーストラリアで、牛/豚/羊の色々な部位はもちろんエミュ(鳥)、カンガルーに野兎、そしてなんとワニの肉まであります。いったい誰が食べるのでしょうね?面白い経験でした。
7月10日。長旅から帰ったばかりのモーガン、家族の皆と一緒に、Bangalowから車で10分程のNewrybar にあるHarvest Cafe まで出掛け、久しぶりのランチを楽しみました。夜は娘の作ったほうれん草のパイ包みを食べました。いよいよ明日は帰国です。
2012年7月8日日曜日
2012年初冬のバンガローにて 4
7月5日。今日は、先日 Lismore のハードウェアストアで買った Chimney Pot (中で焚き火が出来る煙突状の道具)に火を入れてみました。メキシコ製で大きさが4種類、上から2番目の大きさの物を選びました。入り口の広いベランダの隅に据え、火床に砂を20Cm 程入れて新聞紙と薪ストーブ用の薪で上手く火がつきました(ちなみに火は娘がつけました)。火が着いてしばらくすると、ポット自体が熱くなり正面の焚き口あたりも中々の熱量です。暮れなずむ空は、薄青とも灰色ともつかぬ色で、その空を背景にユーカリの樹々が高々とそびえ、6Km 先の海から吹き渡って来た風が梢を大きく揺らしています。ベランダの椅子に座り、体を火であぶりながら見るこの景色の素晴らしさ。やがて、にわか雨が落ちてきました。
7月6日。今日も時々思い出したように空から雨が落ちてくる天気です。雨の合間を縫って、近所のスーパーマーケットに土産を買いに出掛けました。夕方、ショーグランド奥の牛舎に、生まれたばかりの仔牛を見に行きました。
7月7日。今日は滞在中2回目のファーマーズマーケットの日です。毎回同じ店が出店する訳ではない様で、土産に買うつもりでいた蜂蜜屋は出店していませんでした。残念!
夜はドムに誘われて、George St. の皆さんとBangalowから車で20分程の町 Mullumbimby(マラムビンビー) のタイ料理の店に出掛けました。隣席は旧知のフィルです。向かいに座っている男性の事を聞くと、フィルのオーディオルーム見学の折に話を聞いたブリスベン在住のジョンと云うオーディオ仲間の一人で、ウィーン出身の哲学者ヴィットゲンシュタインの研究者なのだそうです。Linn のLP12でアナログディスクを廻し、ALTEC のヴァレンシアとSonus Faber の大型スピーカーを鳴らして、おもにジャズを聴くのだそうです。ビールとタイ料理を堪能した後、帰りはそのジョンとフィルの車に乗せてもらい、再度フィルのオーディオルームへ。1枚目のディスクはスイスのガンバ奏者ジョルディサヴァールのグループによる中世音楽を元にした(一種の)即興演奏で、日本で云えば「中世嬉遊楽団タブラトゥーラ」の演奏を思わせるもの、2枚目はアカペラの男性ボーカルグループによる演奏でビートルズの曲を編曲した1枚で、音の定位、音質ともに見事な再生音でした。またしてもワイン付きで2時間程過ごし、11時半に皆が寝静まった娘の家に帰り着きました。
2012年初冬のバンガローにて 3
7月3日。今日、沙夜と実輪はリサの牧場へ行き3時頃まで留守。娘はヨガの練習でバイロンベイに出掛けて、同じく留守。私とバジルは留守番です。暖かな日だまりに椅子を持ち出して、持参した文庫本を読んでいると、ひどく贅沢な気分になります。読書が一段落した後、11時頃から家の前のショーグランドにバジルと出掛け、ボール投げをして遊びました。遠くにボールを投げ、こちらに持って来た処で声を掛けて(訓練も兼ねているので)、もっと近くに持ってくるよう言いますが、(“ Closer、Basil ! Drop it ! ”発音が悪いのか声の高さが違うからなのか)いずれにしても、一時の客と言うこちらの正体を見破られている様でなかなかうまく行きません。
7月4日。今日は、53年前に手術しここ2年程の間に変形が進んだ右足首の診察をしてもらう為に、娘の運転でバンガローから200Km ほど離れたブリスベンの病院まで出掛けました。これは、今回の旅行の主な目的の一つです。出掛けた先のPrivate Hospital という形は、日本ではあまり見られない形(実態とは少し違うかもしれませんが)、個人の開業医が集まり手術に必要な設備や看護師あるいは事務職員を共同で雇う、そんな形に見えました。ドクターのオフィスには、それぞれ受付の女性(複数)がいて予約の患者をさばくだけなのです。私を診てくれた Dr.J はハンガリー出身の指揮者 G.ショルティに似た大男で、話を聞き患部のレントゲン写真等を見て、三つの治療法およびそれぞれの治療法のメリット、デメリットを具体的に話してくれました。どれを選ぶかについては、患者の決断次第でどのようなオプションも可能なようです。往復4時間の小旅行でした。
2012年7月5日木曜日
2012年初冬のバンガローにて 2
夕方、近所の George.St に住み、仕事で公共建築の設計を手がけていると云う建築家のフィル(多分60代)に招かれて、新築中のオーディオルームとワインセラーを見せてもらい、S.I.C.のユニット(私の知らないメーカーでノルウェイ製)5本(高域1、中域2、低域2)と自作のネットワークを高密度のMDFボードに入れたスピーカーシステム、ちなみにアンプはCopland(たしかデンマーク製)でマルチディスクプレーヤーはapa(アメリカ製)、数曲の音楽を美味しいワイン付き(ニュージーランドとフランス産)で楽しみました。
2012年7月2日月曜日
EL Sistema の事
1981年生まれのベネゼエラ人指揮者・Gustavo Dudamel (グスタボ・ドゥダメル)の名前を私が知ったのは2009年・秋の事です。NHK 教育テレビの「芸術劇場」という番組で放映された演奏会、彼がアメリカのメジャーオーケストラの一つロスアンジェルス交響楽団の音楽監督に就任した記念コンサート、を聴いたのです。演目はアメリカ人作曲家ジョン・アダムス作曲の「シティー・ノワール」とG・マーラーの1番の交響曲「巨人」です。印象的だったのは、まず彼が指揮する“姿”の美しい事。そして、楽譜に基づき奏者(楽団員)それぞれが具体的な“音”として表現する多様な音楽について自分自身のイメージをはっきり持ち、それを奏者に伝える卓越した能力の持ち主である事。その結果そこに立ち現れる“音楽”が聴く人に対して大きな説得力を持つにいたる事等々。(しかし、考えてみればこの事自体、Dudamel だけがそうであるというより、指揮者一般に広く要求される能力でしょう。)
今年3月に再度そのDudamel が指揮する幾つかの曲を聴き、改めてすごい才能だと思いました。 私が聴いたのは、ベートーヴェン生誕の地であるドイツ・ボンのベートーヴェン・ハレで行なわれた手兵シモン・ボリヴァル・ユース・オーケストラの演奏でベートーヴェンの3番の交響曲(テンポが少し早めである事も手伝って、若々しいベートーヴェンがスックリと立っている姿を見る様な印象の、私には好感の持てる演奏でした)、また昨2011年夏ロンドンのロイヤルフェスティヴァルホールを会場に行なわれた“Proms 2011”で演奏された、同じ組み合わせのマーラーの2番の交響曲「復活」、そして同じくバーンスタインの「ウェストサイド物語組曲」などです。他にラヴェルの曲も聴きました。総じて彼の演奏に言えるのは、一時代前の指揮者に時折り見られる作曲家の国籍や時代による得手不得手がない(様に見える)事。聴き様によっては一本調子に聴こえなくもないその音楽も、ドゥダメルが現在音楽監督を務めるスウェーデンのイェーテボリ管弦楽団で2004年まで主席指揮者をつとめたネーメ・ヤルヴィが言う様に、彼が人間としての様々な経験を積む事でより深い表現を獲得し、音楽芸術としての説得力を増すのは間違いのないところでしょう。
さて、そのドゥダメルがベネゼエラでJose Antonio Abreu (ホセ・アントニオ・アブレウ)によって始められた「EL Sistema (エル・システマ)」と呼ばれる、“音楽の学び”を手立てとして案出された社会教育システム、で音楽家として育てられた事を知り、その「EL Sistema(The System)」に興味を持ちました。南米大陸の最も北に位置し、近年南米一の産油国として注目を集めているベネゼエラですが、私は社会主義国としてキューバの友邦国であり、またチャペスという名のいささか口の悪い大統領のいる国、位の知識しかありませんでした。そのベネゼエラは国民のおよそ7割近くが貧困層であり、白昼ギャングの発砲事件や麻薬取引なども日常茶飯の国だと知り驚きました。そんな環境に暮らす多くの子ども達を守り育てるべく案出されたのが、このEL Sistema なのです。
2009年のTED Prize 受賞記念講演の中で、 Jose Antonio Abreu は「人間にとって真に悲惨な事は、住む家や食べるものがない事ではなく、自らが何者であるのかがわからない事(identityの欠如)なのだ」とのマザー・テレサの言葉や、イギリスの歴史家 A・トィンビーの「世界は今、大きな精神的な危機に直面している云々」を引用しながら、
( EL Sistema で)音楽を学ぶ事は、“音楽そのもの”に内在する力(真善美一如に近いニュアンスの表現で、彼の風貌から外村吉之介先生を思い出しました)が(前述の危機を克服する)子ども達の内なる可能性に働きかけて、人間として大きく成長させると共に、その事自体が子ども達の家族や地域社会、ひいてはベネゼエラ全体の希望になるのだ、という趣旨の事を述べています。2001年9・11の同時多発テロ、そして2011年3・11の東日本大震災、福島の原発事故と、天変地異の多発で幕を開けたここ10年のこれからを考えると、このEL Sistema が音楽教育プログラムとしてのみならず、次代を担う子供達を教え育む“手立て”として、東西文化の違いを越えて、世界の国々に広く受け入れられる事を願わずにはいられませんでした。
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