皆様あけましておめでとうございます。福岡書芸院発行の冊子「たんえん」2016年1月号掲載の記事、「忘れられないもの10(「泰山金剛経」入手の顛末)」をお届けします。
新年が皆様方にとって幸多い年であります様お祈り申し上げます。
さて、年が改まって最初の今回は、35年前に友人の助けで、思いがけず手に入った「泰山金剛経(6世紀•中国六朝時代)」石拓の話です。
1981年春三月。その当時は仕事で出掛ける際、よくフェリー(小倉日明港から瀬戸内海経由 神戸港や大阪南港まで)を利用していました。夕方乗船して翌朝早く目的地に着き、一日仕事が出来ておまけに料金も安い。その事で、大事な時間とお金を節約出来ている様な気がしていたのでしょう。もちろん乗るのは二等船室ですから、広々とした畳敷きの大広間があり、寝む(やすむ)際に使う貸毛布(代金200円)も充分に用意してあるのです。ところが、この時ばかりはそれ迄に経験した事がない程の多勢(畳一枚を二人で使う位の乗客数、貸毛布皆無)の人で、夜、私は普通に上を向いて寝むのですが、人が多すぎて体を横に(つまりどちらかの側面を下に)しないと寝めないのです。後で判った事ですが、この時は「神戸ポートピア(博覧会)」開始後まもなくであった事に加え、甲子園に於ける春の「全国選抜高校野球大会」の日程が重なり、双方の見物客ばかりでなく応援の人々までがいて、この様に尋常でない人出になったらしいのです。
この大変な一晩の後、大阪から夜行バスを乗り継いで出掛けた仕事先の東京•赤坂にあった中国の物産品を取り扱う店「S」で出会ったのが、立派な帙に入った大量の「泰山金剛経」です。ばら売りはせず、纏めてでなければ売らないとの事。値段(300万円)を聞いて諦めかけましたが、ひとまず福岡に帰り着いてから連絡する事にして、取って置いて貰う事にしました。
福岡では友人二人に相談。廻りの皆に呼びかけ、一口一万円で三百口集めて買い取ろう、という事になりました。結果は大成功で完売。
この時相談した友人の一人が、他ならぬ前崎鼎之さんだったのです。今回ご紹介するのは私の手元にある二枚で、一枚目は「是念我得(是を念じて我を得る)」。二枚目は「持衣鉢入(衣を持ち鉢に入る)」。
読み下しは出鱈目(でたらめ)です。心の有り様として、「民藝の世界」と縁の深い「自力(じりき)」と「他力(たりき)」を象徴する言葉の様に読めて大好きな字です。