暑いさなかの日本に帰り着くと、一冊の本が私を待っていました。7月28日まで東京の新国立美術館で開催されていた「エミリー・カーメ・ウングワレー (Emily Kame Kngwarreye) 展」の展覧会カタログです。聞けば友人の1人が届けてくれたものだとか。メルボルンの美術館で、オーストラリアの先住民であるアボリジニの作った「盾」に感心したばかりだったので、不思議な符合を感じました。そのカタログの紹介によれば、彼女はオーストラリアのほぼ中央「北部準州」のユートピアと呼ばれる地域で一生の大半の時間を過ごし、80歳前後だった1988年頃に初めて絵筆を取って、亡くなるまでの8年間におよそ3000点の絵画作品を残したとされるアボリジニを出自とする女性の画家です。3000点と云う数にも驚かされますが,その表現の持つ訴求力の強さは,驚くばかりです。これが正規の美術教育も受けず,まわりに画集や美術雑誌すらない辺境(相対的なもので,私達から見れば)にすむ老女の手から生み出されたものと聞かされると、信じられない様な気がします。目の前にそれらの作品を見ていてもです。
ただ見方を変えてこれらの絵画作品を、個人の才能の賜物と云うより、彼女自身がその出自として持つアボリジニの文化や伝統が、彼女を通して「多彩な表現」として溢れ出したと理解する方が私にはわかり易くなります。リコーダー奏者の花岡和生氏が「良い演奏とは?」と尋ねられて答えた言葉、「(奏者自身が)音楽が生まれる邪魔をしない事」とも何処かで重なって、私の理解を助けてくれます。小鹿田の新作問題で迷いの最中にある我が身には,先に少しだけ光明が見えた様な気がする貴重な経験でした
このカタログに添えられたエミリーと同じ出自を持つマーゴ・ニール女史の小文「意味のしるし」に、多くを教えられた事を感謝したいと思います。