2008年8月7日木曜日

エミリーの事



暑いさなかの日本に帰り着くと、一冊の本が私を待っていました。7月28日まで東京の新国立美術館で開催されていた「エミリー・カーメ・ウングワレー (Emily Kame Kngwarreye) 展」の展覧会カタログです。聞けば友人の1人が届けてくれたものだとか。メルボルンの美術館で、オーストラリアの先住民であるアボリジニの作った「盾」に感心したばかりだったので、不思議な符合を感じました。そのカタログの紹介によれば、彼女はオーストラリアのほぼ中央「北部準州」のユートピアと呼ばれる地域で一生の大半の時間を過ごし、80歳前後だった1988年頃に初めて絵筆を取って、亡くなるまでの8年間におよそ3000点の絵画作品を残したとされるアボリジニを出自とする女性の画家です。3000点と云う数にも驚かされますが,その表現の持つ訴求力の強さは,驚くばかりです。これが正規の美術教育も受けず,まわりに画集や美術雑誌すらない辺境(相対的なもので,私達から見れば)にすむ老女の手から生み出されたものと聞かされると、信じられない様な気がします。目の前にそれらの作品を見ていてもです。
ただ見方を変えてこれらの絵画作品を、個人の才能の賜物と云うより、彼女自身がその出自として持つアボリジニの文化や伝統が、彼女を通して「多彩な表現」として溢れ出したと理解する方が私にはわかり易くなります。リコーダー奏者の花岡和生氏が「良い演奏とは?」と尋ねられて答えた言葉、「(奏者自身が)音楽が生まれる邪魔をしない事」とも何処かで重なって、私の理解を助けてくれます。小鹿田の新作問題で迷いの最中にある我が身には,先に少しだけ光明が見えた様な気がする貴重な経験でした
このカタログに添えられたエミリーと同じ出自を持つマーゴ・ニール女史の小文「意味のしるし」に、多くを教えられた事を感謝したいと思います。

2008年8月3日日曜日

真夏の日本で



先週日曜日の昼頃シドニーを発って、日本時間で午後9時半過ぎに無事大阪の関西国際空港にたどり着きました。出発が1時間遅れましたから、機内で10時間半近くを過ごした訳でいささか疲れました。それにしても、大阪の何という暑さ。
夜ですら28度,昼間は35度だったとか。シドニーとの気温差20度はこたえます。その日泊まる予定のホテルにたどり着いて荷物を改めて見ると,なんとオーストラリアで大活躍したデジタルカメラが見当たりません。新品ではなかったものの、正確な色の再現性と多彩な機能(ほとんど使いこなせず)そして少し古風な姿を好ましく思っていたので、ずいぶんがっかりしました。
シドニーの空港で出国検査の時に引っ張りだしたのは覚えているのですが,そこから先の記憶が曖昧です。娘を通じて,空港に問い合わせをしましたが見当たらないとの事。諦めるしかないのでしょうね。

それにしても,日本の工業製品の「商品」としての寿命の短さは驚くばかりです。私自身どうしようもない「物好き」なので、現行製品の中で気にいる物がないとしばらく待ってみる事にしています。なくしたデジタルカメラも、そうやって昨年春に買った物です。
日本の工業製品に見られる技術の突き詰め方は、戦後間もないソニーのトランジスターラジオに象徴される「軽く,薄く」と云うのが代表的な方向性です。それ自体が悪い訳ではないにしても、右から左まで皆同じと云うのが困るのです。或る製品がヒットすると、それに似た製品が市場に溢れるのは食品から自動車まで変わらない風景です。

倫理観の欠如ならびに「デザイン」と云う言葉自体に対する勘違い、としか言いようがありません。私の師匠であった倉敷民藝館 初代館長の外村 吉之介先生から伺ったお話しの中に、それを見事に説明出来るエピソードがあり、それを皆さんにご紹介いたします。
或る外国人(英国であったか米国であったか,はっきりしないのが困りものですが)とのお話しの中で,日本語の「装飾」にあたる言葉として、"decoration" "ornament"の2語が有り,その違いを先生が尋ねられたときの説明として"decoration"は"put on"デコレーションケーキの生クリームの様に、上に乗っているだけで構造そのものとは関わりが無い働きの事、"ornament"は丁寧に作られた工藝品の様に、構造そのものから帰結する働きを示す言葉との事。
上のエピソードになぞらえて言えば、本当のデザインとは材料、構造,機能を勘案してそこから必然的に導きだされる働きの事。
残念ながら,日本の工業製品のデザインについての考え方は、「商品」の上に乗せられるだけの「意匠」としての働きとしか考えていない様に見えます。30数年前に読んで感心した本、米国のデザイナーで教育者のヴィクター・パパネックの著書「生き延びるためのデザイン」(晶文社)を皆さんにご紹介してこの話を終わる事にします。

私の使っていたデジタルカメラは、パナソニックのDMC LX-1と云う型番のもの。今月22日に、LX−3の型番で新製品が発表されるらしく,いまどちらにするか迷っています。