十六世紀末の秀吉の朝鮮侵攻(文禄•慶長の役)の際、彼地から連れ帰られた朝鮮人陶工を祖に持つ人達によって、延々四百年以上にわたり担われて来た焼物が、鹿児島市郊外日置町美山にあります。苗代川焼(なえしろがわ)と呼び習わされて来た窯がそれで、島津家の御用窯として上手(じょうて)の「白薩摩(しろさつま)」を作る一方で、種々の茶家(ちょか)類や貼付紋を施した半胴甕など、「黒もん」と呼ばれる日常雑器を作り続けて来た事で広く知られる窯です。今回御紹介する韓国の甕器(おんぎ)四種も、当然この苗代川焼と濃い血縁関係にあり、釉(くすり)の調子や技法、そして姿形までそっくりなものが時に見られる程です。初めに御紹介するのは塩辛壷(高27cm 底径11cm 縁径23cm)と呼ばれて、韓国の代表的な発酵食品キムチを漬ける際に使う塩辛を漬け込む容器です。窯の中に多く入れて焼く為に、立てたり伏せたり重ねたりするので、胴の中程に丸く「くっ付き」の跡が見られますが、そんな事は平気なのです。
次は口付酒壷(高32cm 径25cm)です。この口縁の作り方といい、肩から突き出す注ぎ口(うば口)といい苗代川焼そっくりです。
次も酒壷(高31cm 径30cm)ですが、こちらは胴の中程に持ち手を作り、(滑り止めの工夫でしょうか)細い胴紐が貼付けられています。
最後は薬煎じ(高15cm 底径15cm 縁径11cm 手12cm)です。蓋代わりの手漉紙を上に被せ、口縁の下のくびれに紐を掛けて括り火にかけます。韓国の歴史ドラマで時々目にする光景です。