2017年12月25日月曜日

忘れられないもの33 米子で買った “坂本善三”


縦 11,5cm 横 14,2cm
岡山から島根鳥取あたりを、中古のシトロエンBXで走り回っていた25年程前の6月の事です。西に向けての帰り途、米子市内を抜ける国道9号線沿いに建つ、小さなギャラリーの一枚の看板が目に入りました。「坂本善三個展」と書いてあります。車を止め、ギャラリーに足を踏み入れると、F4位の小さめの油彩画二点、A4版の木の額に入った小さなドローイング一点、他は坂本善三の仕事としては、比較的良く知られたリトグラフ十点程の小展でした。

その日は、看板に告知された「坂本善三個展」の最終日だったのですが、どうした訳か、店内の壁に掛けられた作品はどれ一つとして売れていないのです。諸作の内、油彩画二点は小さくともさすがに高価で、手が出る値段ではありません。リトグラフは比較的買いやすい値段でしたが、心が動きませんでした。灰地の小さな紙の上に、ランダムに引かれた3cmから5cm位までの黒い短い線で構成されたドローイングは、小品ながら構成に隙がなく、かといって、窮屈さを感じさせる事もない、平面の仕事としては真に申し分のない魅力的な作品で心惹かれました。しかし、その当時ずいぶん無理をしても、私が一回に払える金額は2万円が限度で、これを一年以上に渡って払い続けなければ手に入らない、このドローイングはそんな値段だったのです。

さすがに、この申し出は無理かもしれないと思いながら、店に立つ中年の御婦人に、まず事情(旅先である事、手持ちの現金はない事、でも何とか欲しい事)を打ち明けた後、分割払いの相談を持ち掛けたのです。気持ちが顔に現れでもしていたのでしょうか。結果は、思い掛けなく交渉成立でした。しかも、(驚いた事に)作品を先に渡して下さると云うのです。このギャラリーにとって、私は馴染みでも何でもない客であり、代金にしても払って貰えない可能性があるにもかかわらず、です。ただ、今考えると理由らしき事が幾つか思い浮かびます。まず、最終日にも関わらず一点も作品が売れていなかった事。(これが大きく後押しをしてくれた事は間違いありません)次に、私の話の中に鳥取•岩井窯の山本教行さん(このギャラリーの上得意である筈なので)の名前が出て来た事。そして、(ここが一番肝腎な処です)私がまんざら悪い人間には見えなかった事。もちろん、帰り着いてきちんきちんと払い続け、無事に完済した事は云うまでもありません。

その後、熊本の小国町にある「坂本善三美術館」を訪ねてわかった事ですが、私の買ったこのドローイングは、美術館に展示してある100号程の大きな油彩画に使われているモチーフの、どうやら、習作らしいのです。ある時期ずっと店に掛け続けていましたが、見飽きると云う事がありませんでした。忘れられない小品です。

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