2015年7月18日土曜日

「西川孝次吹きガラス • 八女展」本日から

まもなく梅雨明けでしょうか。さて、6月の初めに京都 • せんきた工藝店から始まった「西川孝次吹きガラス展」今期最後の 八女展が、
今日18日から来月15日までの予定で八女の「朝日屋酒店」で行われます。ご近所の皆様、どうぞお出掛け下さい。

正面の棚、彩り鮮やかに各種ガラス類
入って右側の棚
道路側の棚、リキュール瓶 • 手付瓶
タンブラー類ほか各種酒器類
右手の棚、再生ガラスや泡入の皿鉢類に花入れ

2015年7月15日水曜日

梅雨明け近し

5月の「山本展」以来、手つかず状態であったノゾキの展示をようやく“夏仕様”に。初めて並べるものもあり、今回もまた難しくも楽しいものでありました。今回はインドネシア • フィリピンの織布や染布、また籠類に陶器などを中心に並べました。お出掛け下さい。

正面にインドネシア • ティモール、スンバの絣布
外の風景が画像に映り込み、見難いのは御容赦
籠に立つのは蠟纈染布3種、 奥にフィリピンの籃胎盆
その手前、インドネシア貝象嵌の高台付き陶皿の大と小

その上にフィリピンのブレスレット、手前は黒い竹製の飯入れ
椅子の上(籐)と手前(竹)にフィリピンの籠
テーブルの上にはフィリピンの木製容器
左下に同じく木製の匙2種

2015年7月12日日曜日

忘れられないもの 2(ここから始まった)


福岡書芸院発行の冊子「たんえん」5月号掲載の「忘れられないもの2
(ここから始まった)」をお届けします。


二回目の今回は、私が具体的な現場(倉敷民藝館)で「民藝の世界」に出会った年、1972年の夏の終わりに、初めての臨時職員の仕事を終えて倉敷民藝館を辞するにあたり、生意気にも、お金の代わりに物で頂戴したい旨を申し入れて(若く無知であると云うのは、こんな恥ずかしい事が出来るのです)、外村吉之介(とのむらきちのすけ)先生(苦笑いしておられたかもしれません)から頂戴した焼物数点の内、いまだに手元に残る二点をご紹介します。
上の三寸の小皿は、瀬戸の麦藁手(むぎわらで)と呼ばれるもので、小さい品ながら呉須と鉄で引かれた線に澱みがなく見事な手際のもの。下の七寸の深皿は、柳宗悦の最初の御弟子の一人で、後に山陰地方の工人達(鳥取だけに止まらず、出雲の出西窯等)に広く呼びかけて、鳥取民藝協団を創設。時代にかなった新しい生活用具を作る、こうした新作民藝運動のみならず、それらの品を販売する為の拠点として「鳥取たくみ」を始めたり、そうやって出来た品々を用いる場として「たくみ割烹店」を作るなど、一人の生活者の視点で民藝運動に大きな貢献をした、鳥取民藝美術館初代館長で高名な耳鼻科の医師でもあった、吉田璋也氏がおよそ80年前に見出し広く世に知られる様になった
”牛ノ戸(うしのと)焼”の緑釉と黒釉の掛分皿です。近年見られる同じ様な掛分皿の仕事に比べると、窮屈さのない何処かのんびりとした風情の漂う仕事(この品が作られた当時の「時代」がそんな形で其処に刻されているのと、作り手の「手数」の違いでしょうか)になっています。


さて、今回は写真でもう一つ、東京で過ごした学生時代に私が初めて東京•国立(くにたち)の「道具屋」で買った鉄釉鉢をご紹介します。
この鉢は長野県の諏訪地方に多く見られる七寸程の鉢で、長野県松本市にある松本民藝館にも蔵品として、これの仲間がたくさん収蔵されています。不思議な事に、この鉢はどれも胴の中程に、外から内に向かって穴を開けた跡が残っています。焼き上がった後、尖ったもので鉢の外から穴を開けようとすれば、穴の周辺にひびが入るか割れるかする筈ですから、鉢を水引した後に釉薬を掛け天日で乾かしてから、尖ったものででも一気に穴を開けたものでしょうか。この穴は、どうやら、ここに紐を通し鉢を壁に掛ける為に用いたものの様です。最後に、皆様に鉢の裏に筆で書かれた仮名文字をお目にかけます。



2015年6月25日木曜日

メキシコ皮張り椅子入荷のご案内

あわせて15脚ほどの入荷です

本日、15年振りに日本に入って来たメキシコの皮張り椅子が到着をいたしました。仕事は三種類。皮張り椅子の大と小、そしてスツールです。値段は、大が37000円、小が27000円、スツールが18000円(それぞれ税別)です。写真では大きさの目安が立ちにくいと存じますが、小の大きさでも大人が十分に腰をかけられる位の大きさです。八女の朝日屋酒店でも販売いたします。どうぞご覧下さい。

大きさがおわかり頂けるでしょうか
大きいサイズ、37000円(税別)
小さいサイズ、27000円(税別)
スツール、18000円(税別)

西川孝次の“再生ガラス”の仕事について


10回目をむかえた「西川孝次吹きガラス展」出品作のうち、今回特に目につくのは“再生ガラス”による諸作です。沖縄の吹きガラスの仕事が、第二次世界大戦戦後、駐留米軍の持ち込んだ大量のビール瓶やコーラ瓶を材料として始まった事は、今展案内状にも書いた通りです。それを個人の作り手で、自らの仕事の一つの柱として作り続けているのは、西川孝次さんくらいではないでしょうか。

日本国内で、この再生ガラスの仕事を難しくしている理由が幾つか考えられます。まずは流通の関係上、ビールやコーラを含む飲料類が、ほぼ9割がたアルミ缶やペットボトルなどに変わってしまっている事、つまるところは仕事の材料である廃瓶を調達するのが難しい事。数年前の事、今展出品作と同じ再生ガラスのタンブラーの試作品を西川さんに見せられた時、“もう少したくさん数を作ったらどうか”と云う私の勧めに対して、帰って来た答えは“出来ない”でしたから、その時は材料調達の目処が立たなかったのでしょう。

次に、通常の吹きガラスの仕事に比べ、廃瓶からラベルを取り除き、中を洗い砕くと云った手間(時間)が、余計にかかってしまう事。一般的に、(西川さんの様に)一人で作業する吹きガラスの仕事自体、焼物に比べると1ヶ1ヶの設定単価が安いぶん、数を作らなければならず、この手間が仕事の足を引っ張ってしまう事。(以下は西川さんから聞いた話です)廃瓶を元にしたガラスは、一般的な吹きガラスの材料用に用意された“カレット”に比べて融点が高めである事から、仕事中の材料の固化も早いため、手早い仕事が求められる事、等々。

今回出品作中、全体の10%程30点くらいの作が再生ガラスの作品です(申し上げるのを忘れていましたが、数年前からこの再生ガラスの仕事も三原の工房で作られています)。しかし残念な事に、どの作も良い出来でありながら地味な見え方が災いして、あまり売れない仕事でもあるらしいのです。使い手である皆様方に買っていただける事が、作り手にとっての励ましになる事を考えますと、皆様方に今展の“再生ガラス”の仕事を、まずは見て頂きたいと存じます。

2015年6月17日水曜日

「西川孝次吹きガラス • 福岡展」4日目

「西川孝次吹きガラス • 福岡展」4日目の様子です。今日は幸い天気にも恵まれ、遠く(長崎県壱岐市)からのお客様も来て下さいました。ノゾキと会場の花が変わりました。どうぞお出掛け下さい。

一階ノゾキの花各種
上の棚、リキュール瓶各種
中の棚、リーデル型ワイングラスです
冷凍庫で冷やしたグラスに注ぐビールの味は!!
下の棚、再生ガラス各種が並ぶ
二階の花も変わりました
窓辺の花二種
正面の棚、ウグイス大鉢
庭側の窓辺の花
踊り場の花
壁の掛花三種
タイ • ラフテーブルの上の花

2015年6月15日月曜日

第10回 西川孝次吹きガラス展 の様子

このところ、連日の片付けや準備で遅い日が続いた事もあって、ご報告出来なかった初日の様子を皆様方にお知らせします。

会場正面の様子
花が入るときれいです
手前の大テーブル
窓際にも花
同じく
フェイジョアの入る角花入
紫陽花各種の入るウグイス大鉢
再生ガラス、今展一の大作です
掛け花類も
ささやかに開かれた歓迎会
パーティー参加者、年配者と年長組
まじめな話をしている(様に見えます)