2009年11月30日月曜日

文言之興の陶印から






前崎鼎之さんがお作りになった陶印の素敵な事は、すでに述べました。ここでは、その陶印の幾つかをご紹介しましょう。最初の三つは一文字の、「かぜ」・「あめ」・「そら」。「せつげっか」もよく目にする組み合わせですが、造形の力でしょうか、言葉につきまとう陳腐な感じからは逃れる事が出来ている様に思います。また最後の、「げんちゅうげん はくちゅうはく」も素敵でしょう!

2009年11月28日土曜日

“文言之興”始まる






書家・前崎鼎之さんの「鼎之鼎展(ていしていてん)」のうち、当店開催の“文言之興”(ぶんげんしきょう)が本28日始まりました。文学的感興を主題にした30以上に及ぶ陶印を元に作られた「印譜」を展観の柱に、220cm×240cmの大作「印土無心」(取り付けが大変でした。3人掛かりでサーカスまがいの事をやり、やっと据え付ける事が出来たものです)、そして9点の額入りの作品と3点の軸で構成された意欲的な書展です。陶印印譜の美しさは、類い稀なものです。感心しました。店のまわりの木々の紅葉もすすみました。お出掛け下さい。

2009年11月25日水曜日

東京から東北へ その6


今日19日は、“柳宗悦”生誕120年記念の展覧会最終日です。吉祥寺でいつもの“小ざさ”の最中を買い求め、それを手土産に駒場の日本民藝館に向かいました。小雨の中、最終日とあってすごい人出です。今回の記念展は柳の生涯を九つのテーマに分け、それぞれのテーマに沿って、それを具体的な物と資料とで“視覚化”する意欲的な試みです。民藝館の蔵品中“名品”と呼ばれる物が、ずらりと並ぶ見応えのある展観でした。ただ、いつもの民藝館とは違い、“生の資料”を扱う難しさも手伝っての事でしょうか、陳列が“説明”に傾き過ぎる感じが私には拭えませんでした。

東京から東北へ その5






冷たい雨の降る中、駅まで出迎えてくれた鈴木君の運転する軽トラックに乗って30分ほどの新しい住まい兼工房に向かいました。鈴木君は空き家になっていた茅葺きの民家を丸3年かけて自力で修復し、登り窯も移し終えた最初の窯焚き直前の昨年5月に「宮城県内陸地震」で被災。窯にひびが入ったり窯内の作品が壊れるなどして私を心配させましたが、今年2月に地元のギャラリーで、移窯後の初個展にこぎつけたのでした。さて、案内されて母屋に入ってみると、まず囲炉裡の部屋があり盛んに薪がいぶっています。母屋の右手の下屋の中が細工場で、薪ストーブを焚いて暖かくしてあります。部屋の7割ほどに板が張ってあり、私はここに泊めてもらいました。翌朝、目が覚めて母屋に顔を出すと、今朝はなんと素晴らしい天気です。陽に暖められて、地面や茅葺きの屋根からさかんに蒸気が上がります。明かり障子は開け放たれて、部屋を暖めるものは掘りごたつだけですが、とても良い気持ち良い眺めです。持参した土産の珈琲は、いつもの様に鈴木君が乳鉢でつぶし香り高く点ててくれ、トーストや野菜とともにいただきました。この時の私の失敗話を一つ。小皿にスプーンが添えられた白い粉末状のものが卓上にあり、私はてっきり砂糖だと思い込んでミルクを足した珈琲に入れて飲んでみると、これが塩っからいのです。飲んだ事はありませんが、チベットなどで飲むと聞いているバター茶もかくやと思われる、一種不思議な味でした。聞けば、同君は砂糖はほとんど使わないのだそうです。ところで、鈴木君の現在の同居人は、6歳の柴犬一匹、やぎ一頭、鶏一羽(狐に盗られるまでは三羽)です。大変な事が続いた後に、鈴木君に与えられた小王国。羨ましい様な暮らしぶりですが、誰にでも出来る事ではありません。12月の2週目に、仙台のデパートでの個展を控え忙しい日程の同君と、忌憚のないお喋りを楽しみ、昼頃に新幹線で仙台の宮城県立美術館へ。ここで、初めての「洲之内コレクション」を見た後、7時過ぎに無事東京へ帰り着きました。

2009年11月24日火曜日

東京から東北へ その4



17日早朝の新幹線で、5年振りになる東北へ出掛けました。10時30分頃に盛岡到着、タクシーで材木町の「光原社」へ。旧知のYさん、Oさんと御挨拶の後、「えげれす館」で珈琲を御馳走になりながら、Oさん、仙台「センダード」のKさん(私は初対面)とよもやまの話。岐阜のギャルリMのホームページで見た「光原社の会」の話から、そこを主催するAさんの焼物の話になり、先日「光原社」でAさんの展覧会を開催した事。その会には若い人が大勢押し掛けた事。顧客の新陳代謝を図りたい意図がそこには有り、ある程度目的が達せられた事。試しにKさんが買ってみたAさんの食器が使い易かった事。また、九州の若手陶工Iさんの作るスリップウェアーの話等々。それらの事について意見を求められたので、私なりに考えている事を率直にお話ししました。Kさんは私とほぼ同世代の方の様でしたが、ご自分と違う意見の私の話しを面白がって聞いていらっしゃいました。その後、お昼に美味しいお寿司を御馳走になった後、ホームスパンの「蟻川工房」をお訪ねしました。そこでも、仕事の話や物についての話しをする内に、あっという間に夕方になり、工房主宰のIさんに駅までお送り頂いて栗駒の鈴木照雄君の所に向かいました。

2009年11月23日月曜日

東京から東北へ その3




今度の小鹿田・坂本工窯浦和展では、画廊近くの柳沢さんの御実家に12日から14日迄の3日間、泊めて頂きました。寝泊まりさせてもらった部屋の窓を開けると、すぐ隣にある寺院の庭に立つ見事な樹木が目に入りました。15日・日曜朝の風景です。

東京から東北へ その2





今度の浦和の催事では、関東圏に居る知人友人達に広く案内をしていた為もあり初日の14日、翌15日も沢山の人達が来て下さいました。今春から東京の高校に通っているYちゃんと父親のTさん、また伊東で焼物をやっているS君、転勤で今は東京に居るNさん母娘、そしてワインを差し入れてくれた古い友人のU君等々。有難い事でした。さて、夕方からは恒例のオープニングパーティーです。画廊を手伝っているSさんのご実家が、宮城県で江戸時代から代々続く御豆腐屋さんで、其処の枝豆で作った”おぼろトーフ”を皮切りに、色々のお酒と十数人の参加者のお喋りで賑やかに時が過ぎて行きました。二次会は、駅近くのAという居酒屋、其処でもみな楽しそうに盛り上がりましたよ。

東京から東北へ その1




小鹿田・坂本工(さかもとたくみ)窯新作展開催準備のため、11日19時発の夜行バスで東京へ。翌12日早朝の諏訪湖付近は良い天気に恵まれ、しばらくの間車窓から美しい紅葉を楽しむ事が出来ました。ところが、東に進むにつれて雲が増え細かい雨も降り出して、新宿に着く頃には、すっかり雨模様となりました。会場の柳沢画廊に伺うと、この日お手伝いをお願いしているEさんがすでに到着済みで、延着のお詫びや手伝いへのお礼と共に、約30年振りにお目にかかる御挨拶を致しました。その後、ギャラリーを手伝っているSさんや、後から加わったもう一人のお手伝いの友人Kさんと5人で、作業を始めました。この日、到着した12個の荷物の開梱作業と詰め物の新聞たたみが、彼女達の今日の主な仕事です。私と柳沢さんは、今展で必要な2台の棚の組み立てを3階で行いました。
翌13日は、8個の荷物の開梱と壁に掛ける皿に金具を取付けたり、段ボールで皿立てを作ったりした後、いよいよ“もの並べ”です。
11月9日に窯開けした1回の窯の品物で、今回の2度の催事をまかなう為、作品がいつもより偏り気味で“物並べ”が大変です。尺1寸の大皿も、今度の窯では13枚しか採れなかった事もあり、他の7寸や9寸の皿を合わせて壁に掛ける事にして、3階のメインの会場が何とか形になりました。ここは美術画廊なので、3階の部屋は3面が壁になっており、絵画や版画を掛けると実に綺麗に見えます。前回の「抽象紋の皿100展」の時も其処を考えて、平面の仕事に近い大きさの尺1寸の皿を100枚用意した訳です。夜7時頃には、1階の“のぞき”から3階まで、何とか形になりホッとしました。
さぁー、明日はいよいよ初日です。

2009年11月10日火曜日

百子の花日記 21 











11月1日 お客様の店(食事どころ)のプレオープンに花を生けました。店内は照明を落としている為に、庭の秋花では写りが今ひとつなので、花や葉の形のはっきりしたものを入れました。花器はその店に有るもの、酒壷やコップをつかいました。が、買い花の方が良かったか迷いが生じました。    |                                       
ガラスコップ 酒壷 出西窯瀬戸型面取りはないれ
ツワブキ シュクシャ 山茶花

11月2日 その店には合わない草紅葉、秋の紫陽花を、自宅に持って帰り生けました。同じ素材で二種。いけかたによっての変化を楽しんで。
  
紅葉の紫陽花 山芋 いのこずち

11月3日 結婚式に出席されたOさんが、その会場での花と一緒にお見えになりました。その日は生クリーム入り大コロッケでおもてなし。一ヶ月振りの出会いをビールで祝って、楽しい時を過ごしました。

イラン台付きモールグラス 
小さな花束 斑入りハラン 緑と藤色の菊に加えて山ほろしの枝
 

                            
                            

2009年11月9日月曜日

小鹿田・坂本工窯の新作展が始まります!





浦和・柳沢画廊での“小鹿田・坂本工窯新作展”の初日が、いよいよ近づいて来ました。先週坂本さんに電話をした時、“窯焚きがぎりぎりになりそうだ”という話を聞いて心配になり、差し入れの“おでん”を大鍋に一杯炊いたものを持って、本日9日・小鹿田の坂本家に出掛けました。話を聞くと11月6・7日で窯を焚き、今日9日は火を止めて2日目なのだそうです。でもカレンダーを逆算すれば、明日10日中に浦和に向けて荷物を送り出さないと、12日の準備初日に間に合いません。四室ある窯の二室目と三室目の入り口を塞いでいた煉瓦を外し坂本さんの許可を得て、中に入ってみると暑いのなんの!棚上の盃や飯椀が、素手ではさわれないくらい熱いのです。この調子であれば、四室目の窯出しはどうやっても11日か12日。という事は、浦和に作品が届くのが、初日1日前の13日か催事の幕が開いた初日の14日という事になります。でも、何とかするしかありません。今回、12日は総勢5人で二つの物並べ用の棚を作って荷開けをし、翌13日に“物並べ”の予定ですが、さてどうなるやら。手伝いの皆さん、どうぞよろしくお願いします。

2009年11月1日日曜日

百子の花日記 20


10月31日 初夏の暖竹は白ですが、紅葉すると細長い葉の縁に秋色の黄と中はしろっぽい緑になります。 森さんの個展は木の破片でつくられた沢山の小さな物体で不思議な楽しい空間です。そのおじゃまにならないよう、最初は緑だけを入れました。三日ほどして元気の無くなった暖竹を水切りして台湾ホトトギスを足してみました。

山本教行作 赤絵掛分け耳付き花入れ  暖竹 台湾ホトトギス