2008年12月4日木曜日

鹿児島からの帰途、“手強い”味方に出会った事


鹿児島展の初日の幕が開き、福山帰りの坂本夫妻と私の3人は、午後4時過ぎに会場の「可否館」に到着。若い人達がたくさん来て下さる事に驚きました。夜になり、永田さんお心尽くしのオープニングパーティが始まりました。コーヒーとサンドイッチでと聞かされていた私たちは、帰り着く前にコンビニでビールと酒のつまみを、ひそかに用意。皆さんがコーヒーやサンドイッチを召し上がっている間もビールを飲んでいましたから、実は会場の皆さんのひんしゅくを買っていたのではないかと、恐縮している次第です。翌16日、たまたま帰る途中の人吉で個展をやっている丹波のSさんの個展会場であるG民芸店にお邪魔する事にしました。昼頃、人吉に着けるよう鹿児島を出立。人吉で評判のUうなぎ店でうな重を食べる計画です。昼食後、会場へ。丹波のSさんは、私の尊敬する現役作家の一人です。大学を出た後、丹波篠山の個人作家であったIさんに師事。独立後30数年をへた今、廻りの若手の作家達から目指すべき作家の一人として尊敬を集めています。いったい個人作家と云うのは、どういう人達のことを言うのでしょうか。まずは、その人自身の作った物の中に、明らかに一つの定型(スタイル)が見て取れる事。そして作り手として更に先に進む為、その定形を壊し続ける人。陸上競技にたとえれば、短距離と長距離を走り切る体力の持ち主である事。1回1回の個展は短距離走であり、それを長く続けるのはマラソンの様なものでしょう。これらの事を考え合わせると、作家として活動し続ける事は並大抵でない事がわかります。このSさんに福岡での新作展案内状を、お見せした時の事です。坂本工さんが作ったイタリアの皿に由来する縁の広い大皿について、一言ありました。皿の外見だけを見れば、いま誰でもが作っている”流行もの(はやり)”にしか見えませんから、Sさんに何か云われても仕方ありません。Sさんの云いたい事を忖度すれば、流行の形をなぞるのでなく自分の足許をよく見てもっと勉強なさいと云う事でしょう。皿自体を見る限り、7寸や8寸の皿は新作として可能性がある様に私には見えます。どうすればそれが小鹿田窯の新作として定形(スタンダード)になり得るか、その事をもう少し考えてみたいと思います。Sさんは私にとっていわば“手強い”味方の一人、大事にしたいと思っています。その後、G民芸店主人Uさんのコレクションの内、沖縄の陶工 金城次郎の仕事をまとめて見せて貰う事が出来ました。沖縄の風土そのものが、作品の向こうから吹き出してくる様な強いものを感じます。
地域に深く根ざした工芸はかくありたいと思いました。私には有難い時間でした。

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